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世界三大文豪って誰?

 

 

こんにちは!

 

 

今日は、世界三大文豪について紹介したいと思います!

 

世界三大文豪に選ばれたのは、

シェイクスピア

ゲーテ

ダンテ

の3人です。

 

他にも、ドストエフスキーユゴーが入るパターンもあるようですが、今回は、この3人について簡単に紹介したいと思います!

 

 

シェイクスピア

 

 

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シェイクスピアとは、イギリスの詩人、劇作家。

公式には4月 23日が誕生日とされている。

裕福な商人の長男として生まれ、父は一時は町長に選ばれたが、まもなく没落したため、彼は土地のグラマー・スクールに通っただけで、大学に進んだ形跡はない。

18歳のとき8歳年長のアン・ハサウェーと結婚、1男2女を得たが、その後の数年間については伝記的資料が皆無のため種々の憶測が行われている。

おそらく 20歳を過ぎてまもなくロンドンに出て劇界に入り、俳優として出発、やがて劇作に転じたものと思われる。

劇作は 1590年頃から開始され、最初はバラ戦争を主たる背景とする『ヘンリー6世』 Henry VI3部作 (1590~92) 、『リチャード3世』 Richard III (93) 、笑劇に近い喜劇『じゃじゃ馬ならし』 The Taming of the Shrew (94) を書いていたが、94年宮内大臣お抱え一座の幹部座員となるに及んで偉大な劇作家としての本領を発揮しはじめ、『ロミオとジュリエット』 Romeo and Juliet、『夏の夜の夢』A Midsummer Night's Dream、『リチャード2世』 Richard II (いずれも 95) などの抒情的な作品を発表、さらに愛の喜劇のなかにシャイロックの悲劇を描いた『ベニスの商人』 The Merchant of Venice (96) 、フォールスタッフの登場で有名な『ヘンリー4世』 Henry IV2部作 (97) 、生の歓喜のなかにも生きることのきびしさや、ときには生の倦怠さえも暗示する『お気に召すまま』 As You Like It (99) 、最高の喜劇『十二夜』 The Twelfth Night (1600) を書いた。

続く数年間は「悲劇時代」と呼ばれ、生と死、善と悪、罪と罰仮象と真実など人間の根本問題をテーマとした『ハムレット』 Hamlet (1600) 、『オセロ』 Othello (04) 、『リア王』 King Lear (05) 、『マクベス』 Macbeth (06) の四大悲劇を創作した。

1608年頃から許しと和解を主題にしたいわゆるロマンス劇に転じ、『シンベリン』 Cymbeline (09) 、『冬の夜ばなし』 The Winter's Tale (10) 、単独作としては最後の『あらし』 The Tempest (11) を書いた。

詩としては、サウサンプトン伯に捧げた物語詩『ビーナスとアドニス』 Venus and Adonis (1593) 、『ルクリースの凌辱』 The Rape of Lucrece (94) 、英詩では最大にして最高の『ソネット集』 Sonnets (1609) などがある。

天成の詩人であった彼は無韻詩を縦横に駆使して韻文劇を創作し、その内容の深さと相まって最高の戯曲をつくり出した。

その伝記に不明な部分があるため、シェークスピアの実在に疑問をいだく説 (たとえばシェークスピアは F.ベーコンの筆名であるという) もあったが、現在では顧みられない。

 

 

 

 

ゲーテ

 

 

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ゲーテとは、ドイツの詩人、小説家、劇作家。

富裕な市民の子として生まれ、ライプチヒシュトラスブルクの大学で法律を学んだが、ヘルダーとの出会いを契機に文学に目ざめ、シュトゥルム・ウント・ドラング運動に参加、その記念碑的な戯曲『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』 Götz von Berlichingen (1773) 、小説『若きウェルテルの悩み』 Die Leiden des jungen Werthers (1774) で一挙に文名を高めた。

1775年以後はワイマール公国の要職を歴任しつつ、イタリア旅行や 1794年以降のシラーとの交遊を糧として調和と普遍的人間性に基づくドイツ古典主義文学を確立。

その生涯は、豊かな天才が健康、環境、体験に恵まれ、努力に支えられて高く伸び、大きく開花した稀有の例である。

代表作、ロマン派に大きな影響を与えた教養小説『ウィルヘルム・マイスター』 Wilhelm Meister (『修業時代』 1795、『遍歴時代』 1829) 、『ファウスト』 Faust (第1部 1808、第2部 1832) のほか、戯曲『エグモント』 Egmont (1787) 、『タウリスのイフィゲニー』 Iphigenie auf Tauris (1787) 、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』 Hermann und Dorothea (1797) 、抒情詩集『ローマのエレギー』 Römische Elegien (1795) 、小説『親和力』 Die Wahlverwandtschaften (1809) 、自伝『詩と真実』 Aus meinem Leben. Dichtung und Wahrheit (第1~3巻 1811~14、第4巻 1833) 、『イタリア紀行』 Italienische Reise (1816~29) 、『西東詩集』 Westöstlicher Divan (1819) などがあり、シラーとの往復書簡集や風刺詩『クセーニエン』 Xenien (1796) も有名。

また色彩論など自然科学の研究にも優れた業績を残した。

 

 

 

 

ダンテ

 

 

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ダンテとは、イタリアの詩人。

フィレンツェで金融業を営む貴族の家に生まれ、9歳のとき、美少女ベアトリーチェ・ポルティナーリを見そめ、9年後の 1283年再会し恋に落ちた。

1290年彼女の死にあい、強い衝撃を受け、彼女への愛を主題に「清新体」派の代表作とされる抒情詩集『新生』 Vita Nuova (1293頃) を書いた。

以後、同世代の清新体派の詩人たちと交わるとともに、ボエチウスやキケロの作品に接し、古典を渉猟して多大の研鑽を積んだ。

他方、フィレンツェの市政に参与したが、1302年に反対派によって永久追放処分を受けてからは孤独な放浪生活のうちに『饗宴』 Convivio (1304~07頃) 、『俗語論』 De vulgari eloquentia (1304~07頃,未完) などを執筆した。

1307年、大作『神曲』 Divina Commediaの構想がなり、『地獄編』 Infernoと『煉獄編』 Purgatorioを書き上げ、『天国編』 Paradisoを死の直前までかかって完成させた。

この叙事詩は中世文明の集大成であるとともにルネサンスの先駆をなし、世界文学の巨峰として他に隔絶した地位を占める。

 

 

 

 

如何でしたか?

 

どの人物も比較的有名ですね。

私は、3人の作品をあまり読んだことがないので、今度読んでみたいと思います!

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!