こんにちは!
今日は、日本三大虚空蔵について紹介したいと思います!
日本三大虚空蔵は、日本三体虚空蔵尊とも呼ばれます。
日本三大虚空蔵に選ばれたのは、
の3つです。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!
円蔵寺
霊巌山と号する。
日本三大虚空蔵の1つで、通称「柳津虚空蔵」と言われる。
807年(大同2年)、徳一を開基として創建された。
初めは菊光堂と言い、法相宗に属していたが、1384年(元中1年・至徳1年)、大圭が中興して臨済宗に改めた。
1570年(元亀1年)、原源和尚の時、織田信長の保護により金色燦然とした堂塔を再建、俗に「光堂」と呼ばれるようになった。
境内には国の重要文化財指定の奥之院弁天堂の他、本堂、供所、仁王門、水殿、庫裏、宝蔵、鐘楼等がある。
正月7日に行われる七日堂裸まいりは有名。
村松虚空蔵堂
村松虚空蔵堂とは、茨城県那珂郡東海村村松にある真言宗豊山派の寺。
正称は村松山日高寺。
本尊は虚空蔵菩薩。
807年(大同2年)、空海の開基と伝えられ、中世には寺運隆盛であったが、1485年(文明17年)、佐竹氏の乱で諸堂を焼失、その後再建され、徳川家康・光圀の外護により堂宇等を修理した。
しかし、1900年(明治33年)、諸堂を焼失し、1980年(昭和55年)、再建された。
毎年3月には13歳の子の厄払いをし智慧を授けて貰う十三詣の行事があり、参拝者が多い。
金剛證寺とは、三重県伊勢市朝熊町、朝熊山頂にある臨済宗南禅寺派の別格本山。
勝峰山兜率院と号し、一般には朝熊と言われる。
欽明天皇の代に暁台上人がこの山に草庵を結んで修行し、聖徳太子も来山したと伝えられるが、825年(天長2年)、空海が真言密教の求聞持法を修して堂宇を建立したのに始まる。
1392年(元中9年・明徳3年)、鎌倉建長寺の仏地禅師(東岳文昱)を中興開山として臨済宗に転じた。
徳川家康が四国討伐の時、滞在して武運を祈願して以来、歴代将軍の外護を受けた。
江戸時代中頃からは伊勢参りの流行とともに大いに栄え、伊勢神宮鬼門鎮護の寺として「神宮の奥の院」と言われた。
本堂(国指定重要文化財)の摩尼殿は1609年(慶長14年)、池田輝政が家康の命で建立。
寺宝に朝熊山経ヶ峰経塚出土品(国宝)、木造雨宝童子立像(国指定重要文化財)等がある。
如何でしたか?
3つとも有名な歴史人物が関わってるので、観光地として訪れてみたいです。
最後までお読み頂き有難う御座いました!