こんにちは!
今日は、日本三大鉄湯船について紹介したいと思います!
日本三大鉄湯船に選ばれたのは、
の3つです。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!
高野山真言宗の別格本山。
本尊は聖観世音菩薩。
西国三十三所第二十八番観音札所。
橋立観音と称される。
704年(慶雲1年)、真応上人が文武天皇の勅願により日本三景の1つ天橋立を眼下に見下ろすこの地の風景を賞して開創したと言う。
『今昔物語集』『梁塵秘抄』等にも観音霊場としての当寺の霊験が説かれており、平安時代には大きな勢力を有した。
鎌倉時代以後、寺は山崩れや兵火、雷火等で3度全滅し、その都度復興された。
現在の建物は天文から文化年間(1532~1818年)にかけて再建されたもの。
寺宝に兆殿司筆の絹本着色紅玻璃阿弥陀像、紙本墨書丹後国諸庄郷保総田数帳目録(以上、国重要文化財)、鎌倉時代の鉄湯舟があり、本堂内陣には左甚五郎作と伝える真向の竜がある。
智恩寺とは、京都府宮津市文珠、天橋立桟橋の近くにある臨済宗妙心寺派の寺。
山号は天橋山。
創建年代は明らかではないが、一説に808年(大同3年)、平城天皇の勅願によって創建されたと言う。
嘉暦年中(1326~1329年)、嵩山が禅寺に改めたと伝える。
寛永年中(1624~1644年)、宮津藩主京極高広が別源を招いて再興させた。 多宝塔(国重要文化財)は1500年(明応9年)の造立。
文殊堂本尊の文殊菩薩像・脇侍善財童子・優闐王像は鎌倉時代の作で、国重要文化財。 徹書記の筆と言われる仮名縁起1巻、1486年(文明18年)の九世戸智恩寺幹縁疏1巻等、寺史を語る文書がある。
また境内には和泉式部の歌塚、智恵の輪灯籠、マリア灯籠等がある。
奈良時代の創建。
『金光明最勝王経』の思想を根幹とした、741年(天平13年)3月24日の詔に基づいて設置された全国国分寺の中心となって、総国分寺とも称された。
大仏造顕の目的は、『華厳経』で説く理想の世界、すなわち蓮華蔵世界をこの世に実現しようとしたものであり、更に日本の文化を世界に示そうとするものであった。
南都七大寺の1つ。
如何でしたか?
鉄湯船が現在も残っているのですね。
また、東大寺も入っているのが意外ですね。
最後までお読み頂き有難う御座いました!