こんにちは!
今日は、中国四大仏教名山について紹介したいと思います!
中国四大仏教名山とは、中国で用いられる、4ヶ所の著名な仏教名山・霊山・聖山に対する呼び名です。
中国四大仏教名山に選ばれたのは、
五台山(ごだいさん)
峨眉山(がびさん)
普陀山(ふださん)
九華山(きゅうかざん)
の4つです。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!
五台山
五台山とは、中国、山西省北東部にある3000m前後の五峰(五台)を持つ仏教の聖山。
初め、神仙道の徒によって開かれ、5世紀後半に北魏の孝文帝によって仏光寺、清涼寺等の寺院が開基されたと伝えられる。
この頃から五台山は文殊菩薩の住む清涼山と信じられ、長く文殊信仰の中心となった。
隋・唐時代には法華、禅、華厳、天台、浄土、密教等の高僧が続々と入山し、唐代中期には五台山仏教のピークを迎えた。
とりわけ、代宗の世に長安の不空三蔵は、朝廷の援助を背景に南台に金閣寺を建立(767年)、五台山を鎮護国家密教の奥の院と位置付けた。
こうして文殊菩薩の住地である五台山の名は、中国だけでなく朝鮮、日本、中央アジア、チベット、インドにまで伝わり、各地から巡礼者が訪れた。
日本からも唐代に玄昉、霊仙、円仁、宋代には奝然、成尋らが参詣した。
五台山の繁栄は845年の会昌の廃仏にあって、いったん荒廃するが、その後、各王朝の保護を受けて復興し、元朝のフビライの時からチベット仏教(ラマ教)が入った。
更に清朝では太祖ヌルハチが「曼殊師利皇帝」と呼ばれる等、早くから文殊信仰との結び付きがあって、五台山は清王朝の手厚い保護を受け、チベット仏教の色彩が極めて濃厚になった。
19世紀後半に五台山を訪れたイギリス人宣教師ギルモアは、モンゴル人の熱烈なチベット仏教信仰の有様を伝えている。
峨眉山とは、中国、四川省中部、楽山市の西約40km、崑崙山系邛崍山脈南端の名山。
3つの峰のうち万仏頂(3099m)が最高峰である。
2世紀にここに寺院が建立され、唐代までは道教が主であったが、その後、仏教化し、16世紀には仏教の聖地とされた。
今日、様々な様式の寺院があるが、4世紀建立の万年寺は省の重要文化財。
また、ここにある高さ9.1m、重さ約6.2t、17世紀末の作とされる普賢菩薩像は中国の重要文化財である。
解放後、宿泊設備が設置され、多くの景勝地を持つこの山には毎年多数の人々が入山する。
日の出、雲海、宝光(ブロッケン現象)、神灯(燐鉱石の光)はこの山の四大奇観である。
この山は楽山市にある楽山大仏とともに1996年に世界遺産の複合遺産(文化、自然の両方の価値がある遺産)として登録されている。
普陀山とは、中国、浙江省の北東海上にある舟山群島南東部の島。
普陀県に属し補陀落伽山とも言う。
面積12.5㎢、最高点は白華頂で291m。
五台山、峨眉山、九華山と並ぶ中国仏教の四大聖地の1つである。
唐代の858年、日本の僧慧鍔が観音像を奉じて不肯去観音院を作った。
後、『華厳経』に善財童子が普陀落伽に観音を拝するとあることから普陀と呼ばれるようになった。
北宋の1080年に殿宇を改築し皇帝より寳陀観音寺の額を賜った。
元は律寺であったが、1131年に禅寺に改められた。
元の1299年(正安1年)、普陀山の僧である一山一寧が日本に派遣され、執権北条貞時の帰依を得て、日本に居住し南禅寺第3世となり、我が国の仏教界に大きな影響を与えた。
島内には普済寺、法雨寺、盤陀庵、霊石庵等の寺院や千歩沙、潮音洞、梵音洞等の名勝がある。
観音の普陀洛山、普賢の峨眉山、文殊の五台山とともに四大名山の1つとされる。
古くは九子山と言われたが、唐代の詩人の李白によって九華山と改称された。
その為、山中に李白書堂の基址があったという。
9つの峰が聳え立ち、奇岩、怪石、渓流の奇勝に恵まれている。
山麓には化城寺、祇園寺、九子寺等があり、地蔵信仰の霊場として参拝者が多い。
また、明の王陽明(王守仁)が「致良知」の理を悟得した所としても有名である。
如何でしたか?
日本史に登場する人物も訪れているみたいですね。
私は、中国史に関しては、あまり詳しくないので、非常に勉強になりました。
最後までお読み頂き有難う御座いました!