こんにちは!
今日は、子規門下四天王について紹介したいと思います!
子規門下四天王に選ばれたのは、
高浜虚子(たかはまきょし)
河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)
佐藤紅緑(さとうこうろく)
石井露月(いしいろげつ)
の4人です。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!
高浜虚子とは、明治〜昭和時代の俳人、小説家。
明治7年2月22日生まれ。
中学時代から正岡子規に師事。
一時小説や写生文を書いたが大正2年俳句に復帰。
客観写生、花鳥諷詠(ふうえい)を説いて俳句の伝統擁護に努めた。
昭和29年文化勲章受章。
芸術院会員。
昭和34年4月8日死去。
85歳。
愛媛県出身。
旧姓は池内。
本名は清。
句集に「虚子句集」「五百句」、小説に「俳諧師」「柿二つ」など。
明治6年2月26日生まれ。
高浜虚子と共に正岡子規に学び、新聞「日本」の俳句欄の選者を引き継ぐ。
後新傾向俳句運動を起こし、中塚一碧楼(いっぺきろう)らと「海紅」を創刊、季題と定型に捉われない自由律俳句に進む。
大正12年「碧(へき)」、14年「三昧(さんまい)」を創刊。
昭和12年2月1日死去。
65歳。
愛媛県出身。
本名は秉五郎(へいごろう)。
作品に「碧梧桐句集」、紀行文に「三千里」など。
佐藤紅緑とは、明治〜昭和時代の俳人、小説家。
明治7年7月6日生まれ。
正岡子規に俳句を学ぶ。
明治39年小説「行火(あんか)」で認められ、後家庭小説に転じ、「あゝ玉杯に花うけて」「英雄行進曲」等少年少女向けの作品で人気を得た。
昭和24年6月3日死去。
76歳。
青森県出身。
弘前中学中退。
本名は洽六(こうろく)。
作品は他に「少年讃歌(さんか)」「一直線」など。
石井露月
石井露月とは、明治〜昭和時代前期の俳人。
明治6年5月17日生まれ。
上京して明治27年から正岡子規に師事し、新聞「日本」の記者となる。
後医師試験に合格し、秋田で開業。
33年島田五空らと「俳星」誌を創刊、子規の日本派俳風を広めた。
昭和3年9月18日死去。
56歳。
秋田県出身。
秋田中学中退。
本名は祐治。
如何でしたか?
正岡子規の弟子である4人ですね。
特に、河東碧梧桐は、名前が特徴的だったため、小学生の時から覚えていました。
最後までお読み頂き有難う御座いました!