こんにちは!
今日は、日本プロ野球の通算犠飛ベスト3について紹介したいと思います!
1位:野村克也(のむらかつや)
2位:加藤英司(かとうひでじ)
の3人です。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!
野村克也とは、昭和後期〜平成時代のプロ野球選手、監督。
昭和10年6月29日生まれ。
昭和29年、テスト生で南海に入団。
昭和40年、戦後初の三冠王。
昭和45〜昭和52年、監督も兼務。
ロッテ、西武に移り、捕手として世界記録の3017試合出場。
通算2901安打、2割7分7厘、657本塁打、1988打点。
平成元年、野球殿堂入り。
平成2〜平成10年、ヤクルト監督(優勝4回、うち日本一3回)。
平成11年、阪神監督。
平成21年、監督勝利1500を達成する。
京都府出身。
峰山高卒。
昭和23年5月24日生まれ。
巧打の一塁手として、昭和48年、首位打者、昭和50〜昭和51年、打点王、昭和54年に首位打者、打点王の二冠王。
3割を10回記録する等、阪急の主力打者として活躍。
後に広島、近鉄、巨人、南海と移る。
実働19年、通算2055安打、2割9分7厘、347本塁打。
静岡県出身。
PL学園卒。
前名は秀司。
王貞治とは、昭和後期〜平成時代のプロ野球選手、監督。
昭和15年5月20日生まれ。
昭和34年、巨人に入団。
昭和39年、シリーズ本塁打55本の日本記録、昭和52年には本塁打数で世界記録を抜き、初の国民栄誉賞を受けた。
実働22年、三冠王2回、13年連続を含め本塁打王15回、打点王13回、首位打者5回。
通算2786安打、3割1厘、868本塁打。
昭和59〜昭和63年、巨人監督、昭和62年、リーグ優勝。
平成7年、ダイエー(現ソフトバンク)監督に就任し、平成11年、日本一、平成12年、リーグ優勝、平成15年、日本一。
平成18年、WBCの日本代表チームの監督となりチームを世界1位の座に導いた。
平成22年、文化功労者に選ばれる。
東京出身。
如何でしたか?
やはり野村克也は偉大な野球選手ですね。
打者としてのあらゆる記録に名を残していますね。
有名な記録だと1位ではないかもしれませんが、少しニッチなランキングになると1位を多く獲得していますね。
最後までお読み頂き有難う御座いました!