こんにちは!
今日は、プロ野球酒豪御三家について紹介したいと思います!
プロ野球酒豪御三家とは、
の3人です。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!

江藤慎一とは、熊本県山鹿市出身(福岡県北九州市生まれ)のプロ野球選手(捕手、内野手、外野手)・監督、解説者。
前妻は元宝塚歌劇団44期生の瀬戸みちる。
次女のはやせ翔馬は74期生。
背番号8を長く背負ったことから「エイトマン」の愛称で呼ばれた他、闘志溢れる打撃フォームや豪快なスイングに、一塁へのヘッドスライディング等、常に全力を出し切るプレースタイルで「闘将」と呼ばれた。
「丁寧に打つこと、特に最終打席を大切に」をモットーに相手チームの先発ローテーションを1ヶ月先まで予測し、過去数年間のデータと付き合わせ、実践的バッティングを予習するという細心にして根気強い研究による自信に裏付けられたバッティングであった。
球を捉えに行くが下半身は残り、踏み込んで半身に構えるとアウトコースが甘くなる為、外に逃げる球でもバットの芯に当たった。
それを右手を返さないでヘッドを左中間に持って行ったが、打球もまさに弾丸ライナーで、遊撃手が取れると思ってジャンプした球が加速してそのまま左翼席に突き刺さったこともあった。
捕手出身で外野守備は得意とは言えなかったが、強肩には定評があり、1969年には15補殺を記録している。

江藤省三とは、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ・監督、解説者。
慶應義塾大学では、2009年から2013年まで監督、2014年6月まで助監督を務めた。

王貞治とは、東京府東京市本所区(現在の東京都墨田区本所)出身の元プロ野球選手(内野手、左投左打)・監督。
中華民国籍。
愛称は「世界の王」「ワンちゃん」。
国民栄誉賞受賞者第1号(現在でも外国籍では唯一の受賞者)であり、2010年10月26日には文化功労者として顕彰された。
福岡ソフトバンクホークスの取締役会長[3]並びにチームの特別アドバイザー、日本プロ野球名球会顧問を務める。
中島治康、野村克也に次ぐNPB史上3人目・セ・リーグ初の三冠王達成者。
世界記録となるレギュラーシーズン通算本塁打868本を記録し、読売ジャイアンツのV9に貢献した。
シーズン四球(158個)、シーズン敬遠(45回)、シーズン出塁率(.532)、シーズンOPS(1.293)、通算得点(1,967点)、通算塁打(5,862塁打)、通算打点(2,170打点)、通算四球(2,390個)、通算敬遠(427回)、通算出塁率(.446)、通算長打率(.634)、通算OPS(1.080)のNPB記録保持者。
ウラディミール・バレンティン、村上宗隆に次ぐNPB史上歴代3位のシーズン最多本塁打記録保持者(55号、NPBのアジア人としては村上に次ぐNPB史上歴代2位)。
NPB最多記録となる本塁打王を15回、打点王を13回、最多出塁数(現在の最高出塁率)を12回を獲得、NPB最多記録となる最優秀選手を9回受賞している。
セ・リーグ最多記録となるベストナインも18回受賞している。またセ・リーグ初の最多出塁数を獲得、セ・リーグ初の一塁手部門のダイヤモンドグラブ賞(現在のゴールデングラブ賞)を受賞している。
若い頃は門限破りの常連で銀座や赤坂のクラブ通いをした時期もあった。
王自身も後に、「高校出立ての体力でお金があって、綺麗なシャンデリア、美しい女性、おかしくならないわけ無いじゃないですか」と述懐している。
ただし、荒川コーチに「お前、本当に上手くなりたいのなら、今日から3年間、酒・タバコ・女全部やめて俺のところで練習しろ。その代わりその3年の後は10年遊んでも、プロとして飯が食えるようになるからな」と言われ酒・タバコを禁止されてからは、完全に改心している。
如何でしたか?
王貞治が酒豪というのは少し意外ですね。
私は、引退後の王貞治しか知らないので、クラブ通いをしていたエピソードは初めて知りました。
最後までお読み頂き有難う御座いました!