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志村三珠樹って誰?

 

 

 

こんにちは!

 

 

今日は、志村三珠樹(しむらさんしゅじゅ)について紹介したいと思います!

志村三珠樹とは、江戸時代中期から後期にかけて、江戸と仙台で活躍した儒学者の三兄弟の敬称です。

 

志村三珠樹に選ばれたのは、

志村五城(實因)

志村東嶼(時恭)

志村蒙庵(弘強)

の3人です。

 

それぞれ簡単に紹介したいと思います!

 

 

志村五城

 

 

志村五城とは、江戸時代中期〜後期の儒者
延享3年生まれ。

江戸の昌平黌に学ぶ。

仙台藩の大番士となり、藩校養賢堂で教育に尽くした。

弟の東嶼、蒙庵も儒者になり、志村の三珠樹と呼ばれた。

天保3年5月18日、死去。

87歳。

陸奥江刺郡(岩手県)出身。

名は実因、士轍。

字は子環。

通称は勘右衛門。

別号に東華。

 

 

 

 

 

志村東嶼

 

 

志村東嶼とは、江戸時代中期〜後期の儒者
宝暦2年生まれ。

河島潤安に学び、後に江戸の昌平黌に入り、舎長となる。

寛政元年(1789年)、仙台藩の大番士、後に儒員。

兄の五城、弟の蒙庵とともに志村の三珠樹と呼ばれた。

享和2年5月24日、死去。

51歳。

陸奥江刺郡(岩手県)出身。

名は時恭。

字は仲敬。

別号に東洲。

 

 

 

 

 

志村蒙庵

 

 

志村蒙庵とは、江戸時代後期の儒者
明和6年生まれ。

志村五城、志村東嶼の弟。

江戸の昌平黌に学び、古賀精里に師事。

仙台藩に仕え、天保5年(1834年)、学問所師範となる。

後に藩校養賢堂副学頭となり、12代藩主の伊達斉邦の侍講を兼ねた。

弘化2年1月24日、死去。

77歳。

陸奥江刺郡(岩手県)出身。

名は弘強。

字は仲行。

別号に石渓、獲心軒等。

 

 

 

 

 

如何でしたか?

 

江戸時代には、このような儒学者がいたのですね。

日本史でも、様々な儒学者が登場しましたが、志村三兄弟も凄い儒学者なのですね。

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!