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信長の四長って誰?

 

 

 

こんにちは!

 

 

今日は、信長の四長について紹介したいと思います!

 

信長の四長に選ばれたのは、

林秀貞

平手政秀

青山信昌

内藤勝介

の4人です。

 

それぞれ簡単に紹介したいと思います!

 

 

林秀貞

 

 

林秀貞とは、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。

織田氏の家臣。

通称は新五郎、壮年期以降は佐渡守の受領名を名乗る。

父は林通安(八郎左衛門)。

弟に林通具(美作守)、子に林通政(新次郎、娘婿とも)と林一吉がいる。

 

 

 

 

 

平手政秀

 

 

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平手政秀とは、戦国時代の武将。

織田信秀、信長の2代に仕える。

尾張国春日井郡にあった志賀城の城主。

織田信秀重臣として主に外交面で活躍。

茶道や和歌等に通じた文化人で、天文2年(1533年)に尾張国を訪れた山科言継から賞賛を受ける程であった。

天文12年(1543年)5月には、信秀の名代として上洛し、朝廷に内裏築地修理料4,000貫を献上する等、朝廷との交渉活動も担当していた。

 

 

 

 

 

青山信昌

 

 

青山信昌とは、戦国時代の武将。

織田氏の家臣。

通称の与三右衛門で知られる。

天文11年(1542年)、織田信長が父信秀から那古野城を与えられ城主になった際、平手政秀・林秀貞・内藤勝介と共に養育係として仕えた「四長(四家老)」の1人。

 

 

 

 

 

内藤勝介

 

 

内藤勝介とは、戦国時代の武将。

織田氏の家臣。

早くから織田信秀に仕えて信頼を得ており、天文4年(1535年)に主君・信秀が嫡男・信長を那古野城主とした際には林秀貞、平手政秀、青山信昌と並んで「おとな衆」(家老)として補佐役に抜擢されている。

 

 

 

 

 

如何でしたか?

 

織田家の家臣でも中々マイナーな人物ですね。

平手政秀は2020年の大河ドラマ麒麟がくる』にも登場していましたね。

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!