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三衛門って誰?

 

 

 

こんにちは!

 

 

今日は、三衛門について紹介したいと思います!

三衛門とは、團菊左亡き後の歌舞伎界を支えた3人の熟年歌舞伎役者です。

 

三衛門に選ばれたのは、

5代目中村歌右衛門

15代目市村羽左衛門

11代目片岡仁左衛門

の3人です。

 

それぞれ簡単に紹介したいと思います!

 

 

5代目中村歌右衛門

 

 

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5代目中村歌右衛門とは、4代目中村芝翫の養子。

屋号成駒屋

俳名は魁玉。

幼年時代は養父と共に旅興行に従っていたが、1881年明治14年)、新富座に出演して4代目中村福助となる。

1901年(明治34年)に5代目芝翫、1911年に5代目歌右衛門を襲名。

明治後期から大正を経て昭和初期にかけて歌舞伎界を代表する名女方で、明治の団・菊・左亡き後の歌舞伎界の統率者として、歌舞伎座幹部技芸委員長や俳優協会会長をも務めた。

気品の溢れる容貌と風格を備え、時代物の赤姫や貫禄を必要とする片外しの役に当たり役が多い。

一方、新作にも意欲を見せ、特に坪内逍遙作『桐一葉』『沓手鳥孤城落月』の淀君は、その美貌、品格ある芸の上に近代感覚を注入した人物創造が高く評価された。

 

 

 

 

 

15代目市村羽左衛門

 

 

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15代目市村羽左衛門とは、本名は市村録太郎。

14代目の養子。

屋号は橘屋。

この15代目から座元ではなくなる。

坂東竹松、6代目市村家橘を経て、1903年明治36年)、襲名。

すっきりした容姿、さわやかな口跡、明るく闊達で花のある芸風は万人を魅了した。

助六、『勧進帳』の富樫をはじめ、実盛や盛綱等の時代狂言の捌き役や、切られ与三、直侍のような江戸世話物の二枚目を得意とし、彼の創造した役のイメージは現代にまで伝わっている。

 

 

 

 

 

11代目片岡仁左衛門

 

 

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11代目片岡仁左衛門とは、本名は片岡秀太郎

8代目の四男。

江戸・浅草猿若町生まれ。

3代目我當から1907年、大阪で11代目を襲名。

東京と大阪を屡々往来し、非常に人気があった。

関西にあっては初代中村鴈治郎のライバルとして人気を二分して争い、仁左衛門襲名以後は東京に住み、劇壇の長老として重んじられた。

芸域の広い俳優であったが、晩年は特に老役に枯淡の味を見せた。

『桐一葉』の片桐且元、『堀川』の与次郎等が当たり役であった。

 

 

 

 

 

如何でしたか?

 

片岡仁左衛門は、現在も活躍している歌舞伎役者の名前ですね。

現在は、15代目のようですね。

10何代目という数字を見ても、歴史の重みを感じますね。

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!