こんにちは!
今日は、世界四大船主について紹介したいと思います!
世界四大船主に選ばれたのは、
北欧
香港
の4つです。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!
北欧
北欧とは、ヨーロッパの北部地方、即ち北ヨーロッパのこと。
一般的に使用される範囲はほぼ一定しており、スカンジナビア3国(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク)と、フィンランド、アイスランドの5ヶ国を指すのが普通である。
夏は短くて冷涼、冬は長いが高緯度の割には比較的温暖。
夏は日が長く、北部では白夜が続くが、冬は日照時間が短く、北部では一日中太陽が現れない時期がある。
ヨーロッパでは最も人口希薄な地域であるが、生活水準は高く、比較的平均している。
社会福祉が行き届いている国々が多いことでも知られ、平均余命も世界でもっとも長い地域の1つである。
少ない人口に対して、鉄鉱石、水産、森林、水力、観光等の各資源に恵まれているのが高所得の要因の1つ。
住民はゲルマン系民族(フィンランドはフィン人)が多く、新教徒の比率が高い。
香港
香港とは、中国南部、南シナ海沿岸にあるイギリスの旧直轄植民地。
1997年以降、中国の香港特別行政区。
広州の南東130kmに位置し、香港島と対岸の九竜半島(カオルン半島)及び周辺の大小230余りの島々から成る。
うち香港島とその付属島嶼及び半島部先端の九竜、ストーンカッターズ島はイギリスの直轄領土であった。
半島の残り全域とその他の島々は新界と呼ばれ、1889年から99ヶ年を期限として(1997年まで)イギリスが中国から租借していたものである。
1984年12月の中英共同宣言により、1997年7月1日に香港全域が中国に返還された。
植民地時代はイギリス女王の名代である総督が統治し、British Crown Colonyと呼ばれていた。
返還後は特別行政区の行政長官が統治する。
初代行政長官は董建華。
面積1106㎢、人口740万9800人(2017年)。
人口密度は1㎢当たり6780人。
行政府は香港島の中西区。
ピレウスとは、ギリシア南部、アッティカ県にある同国最大の港湾都市。
ファリロン湾に臨み、首都アテネの外港で、大アテネ首都圏に含まれる。
人口17万5697人(2001年)。
「ピレウス」は現代ギリシア語の発音で、地名の綴りPiraiéusを古代ギリシア語で発音すればピレエフスとなる。
1834年、アテネが首都となり港が再建されて以来発展を続け、現在ではギリシア第一の貿易港、商港としてだけでなく、工業都市としても重要。
機械、化学工業、造船業を中心に一大工業地帯をなしている。
主港(メガロ・リムニ)のカンタロスは、北西を小さなイエティオニア半島に、南をアクティ半島に挟まれ、その南東はムニキア(カステラ)の丘を経て本土に続く。
この丘の南の麓にある小港(ミクロ・リマニ、別称トルコ・リマニ)は海産物レストランの建ち並ぶ観光街となっている。
国内各地を結ぶ鉄道の終着駅で、アテネ中心部とは電車及び高速道路で結ばれ、両市の間にも市街地が発達する。
海軍兵学校、考古学博物館がある。
今治とは、
愛媛県北東部にある市。
1933年(昭和8年)、近見村、1940年、立花村、1955年(昭和30年)、波止浜町と富田、日高、桜井、清水、乃万の5村を編入。
2005年(平成17年)、北方と西方に隣接した波方、大西、菊間、玉川の4町と朝倉村、更に島嶼部の大三島、上浦、伯方、宮窪、吉海の5町と関前村の計9町2村を合併して、新しい今治市となった。
JR予讃線が通じる。
1999年には本州と結ぶ瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)が大三島、伯方島、大島等を経由して開通した。
その他、国道196号、317号、今治小松自動車道が通じる。
古くは今針、今張等と記されたが、1604年(慶長9年)に築城完成させた藤堂高虎は今治城とし、以後この名が用いられた。
1635年(寛永12年)に松山藩主松平(久松)定行の弟定房が今治城主3万石を領し、後に3万5000石の今治藩城下町として明治に至った。
市域の一部は松山藩領であった。
古代には伊予国の政治の中心で、現市街地南東方の桜井には国分寺と国分尼寺が造営され、条里制が設けられ、讃岐からの官道が通じていた。
また来島海峡にある来島は、芸予諸島を中心に勢力を誇った村上水軍の根拠地の1つで、当時の城跡が残っている。
来島海峡は潮流が速く、航行の難所であるが、瀬戸内海航路の狭水道である為、海上交通の要地となり、今治が水陸交通の拠点として発展することにもなった。
今治平野は肥沃な農業地帯で、伊予木綿の産地であった。
享保年間(1716~1736年)に白木綿製造が始まり、藩の助成もあって大坂市場で名声を得たが、明治になって綿ネル生産、更に1894年(明治27年)にタオル製造が開始された。
これを基礎に全国有数のタオル工業都市となり、輸出タオルの60%を占めるに至った。
また、タオルケット等の縫製業も盛んで、輸出もされている。
島嶼部では、蜜柑等の柑橘類の栽培や漁業、海運業が盛ん。
地場産業としては、大島の石材、伯方の製塩、菊間の瓦等も知られている。
来島海峡に臨む波止浜には中型造船所が集中立地しているが、これは機帆船時代の造修船業が発展したもので、輸出船の建造が多い。
今治港は瀬戸内海沿岸でも有数の商業港で、1911年(明治44年)に四国最初の開港場となった。
重要港湾に指定され、山陽地方との連絡港であるのみならず、最近は海陸交通の流通拠点施設が建設されている。
源頼朝等の武将により多くの武具が奉納され、国宝8点の他、多数が重要文化財に指定されている。
境内のクスノキ群は国指定天然記念物。
玉川近代美術館に保管されている「伊予国奈良原山経塚出土品」も国宝に指定されている。
市内には、四国霊場八十八ヶ所のうち、第54番の延命寺から59番の国分寺まで6か所の札所となる寺院がある。
面積419.13㎢、人口15万8114人(2015年)。
如何でしたか?
また、ピレウスという都市は初めて知りました。
いずれにせよ、船というのは、やはりロマンがあるものですね。
最後までお読み頂き有難う御座いました!