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三人のパシャって誰?

 

 

 

こんにちは!

 

 

今日は、三人のパシャについて紹介したいと思います!

三人のパシャとは、オスマン帝国末期(青年トルコ人革命後)に実権を握った三人のことです。

 

三人のパシャに選ばれたのは、

エンベル・パシャ

ジェマール・パシャ

タラート・パシャ

の3人です。

 

それぞれ簡単に紹介したいと思います!

 

 

エンベル・パシャ

 

 

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エンベル・パシャとは、トルコの軍人、政治家。

政治結社青年トルコ」の指導者として 1908年、セサロニキで陸軍士官の武装蜂起を組織。

バルカン戦争(1912~1913年)の後、クーデターによって青年トルコ内閣を成立させ、自らは陸相参謀総長として実権を握った。

第1次世界大戦にはドイツと同盟して参戦、敗戦後の1919年、ソ連に亡命し、1921年中央アジアのブハラでトルコ系住民の民族運動を指導したが、運動は1922年、ソ連軍によって鎮圧され、戦死した。

 

 

 

 

 

ジェマール・パシャ

 

 

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ジェマール・パシャとは、オスマン帝国末期の軍人、政治家。

フルネーム Ahmed Cemal Paşa。

1895年、陸軍士官学校卒業。

1906年政治結社青年トルコ」の革命組織に入る。1908年の青年トルコ革命後,改革委員会の一員として活躍。

アダナ、バグダードの知事、公共労働大臣を経て、第2次バルカン戦争の後、海軍大臣として、エンベル・パシャ、タラート・パシャと共に「青年トルコ」政府の重鎮となる。

第1次世界大戦ではエジプト奪回に失敗してヨーロッパへ亡命。

後にアフガニスタンで軍事改革に参与したが、1922年に暗殺された。

 

 

 

 

 

タラート・パシャ

 

 

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タラート・パシャとは、オスマン帝国末期の政治家。

フルネーム Mehmed Talat Paşa。

タラート・ベイとも言われる。

18歳でエディルネの電報局で働く傍ら、政治結社青年トルコ」の一員として政治活動に参加。

1908年の青年トルコ革命の後、エディルネ選出の国会議員となり、1909年に内務大臣。

1917年2月に大宰相となった。

1918年、第1次世界大戦による敗北と同時にヨーロッパへ亡命したが、1921年にベルリンで暗殺された。

 

 

 

 

 

如何でしたか?

 

青年トルコ革命は知っていましたが、具体的に誰が活躍したのかは知らなかったので、非常に勉強になりました。

3人とも第一次世界大戦後に亡命して、暗殺や戦死で終わっているのですね。

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!