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日本三大古墳って何?

こんにちは!

 

 

今日は、日本三大古墳について紹介したいと思います!

 

日本三大古墳に選ばれたのは、

大仙陵古墳大阪府堺市

誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳(大阪府羽曳野市

上石津ミサンザイ古墳(大阪府堺市

の3つです。

 

それぞれ簡単に紹介したいと思います!

 

 

大仙陵古墳

 

 

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大仙陵古墳とは、大阪府堺市堺区大仙町にある古墳。

大山(だいせん)古墳、大仙古墳ともいう。

周囲の多くの古墳とともに百舌鳥(もず)古墳群を構成しているが、宮内庁によって仁徳(にんとく)天皇陵に治定(じじょう)されている日本最大の前方後円墳

陵名としては百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)。

墳丘長約486m、前方部幅約305m、高さ約33m、後円部径約249m、高さ約35mで、3重の周濠があり、その外周は約2.7kmの規模である。

3段築成で、被葬者が葬られた後円部と前方部がつながるくびれ部には造り出しがある。

後円部の埋葬施設は江戸時代には盗掘されていたようで、明治時代の自然災害によって前方部から竪穴(たてあな)式石室・石棺が露出し、甲冑・刀剣・土器などが発見されたという。

採集された円筒埴輪(はにわ)や須恵器(すえき)の大甕(おおがめ)の特徴から、築造は5世紀中葉から後半ごろとみられている。

円筒埴輪のほか、巫女形をはじめとする人物・馬形・水鳥形などの埴輪が約2万基確認され、葺石(ふきいし)は約500万個置かれていたと推定される。

JR阪和線百舌鳥駅から徒歩約5分。

 

 

 

 

誉田御廟山古墳

 

 

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誉田御廟山古墳とは、大阪府羽曳野(はびきの)市誉田にある古墳。

誉田山古墳ともいう。

古市(ふるいち)古墳群の中心となる前方後円墳で、墳丘の長さは約425m、大仙陵古墳に次ぐ大きさを誇る。

宮内庁によって応神(おうじん)天皇陵に治定(じじょう)されており、内濠と内堤から内側を宮内庁が管理し、外濠と外堤は民有地であったが、1978年(昭和53)に古市古墳群の一部として国の史跡に指定された。

陵名は恵我藻伏岡陵(えがのもふしのおかのみささぎ)。

築造したときの土の量は約143万㎥にものぼって大仙陵古墳を上回り、規模は前方部幅約330m、高さ約35m、後円部の直径は約267m、高さ約36m。

3段築成で、斜面には一面に葺石(ふきいし)があり、テラスと呼ばれる平坦部には約2万基におよぶ円筒埴輪(はにわ)が立っていたと考えられる。

2重の周濠がめぐり、東側は先に造られた二ツ塚古墳を避けて少しいびつな形になっている。

埴輪の種類も多いが、ほかにも内濠からはクジラ・タコ・イカなど魚形の土製品が出土している。

5世紀前半の築造と考えられ、すぐ近くには応神天皇を祭神とする誉田八幡宮がある。

近畿日本鉄道南大阪線土師ノ里(はじのさと)駅から徒歩約12分。

 

 

 

 

上石津ミサンザイ古墳

 

 

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上石津ミサンザイ古墳とは、大阪府堺市西区石津ヶ丘にある古墳。

石津ヶ丘古墳ともいう。

百舌鳥(もず)古墳群の南部に位置し、宮内庁によって履中(りちゅう)天皇陵に治定(じじょう)されている。

陵名は百舌鳥耳原南陵(もずのみみはらのみなみのみささぎ)。

墳丘長約360m、後円部径約205m、高さ約25m、前方部幅約237m、高さ約23mで、日本で3番目の大きさをもつ前方後円墳

履中天皇は仁徳(にんとく)天皇の第一皇子であるが、考古学的には、この古墳は仁徳天皇陵とされる大仙陵古墳よりも古い時代に築造されたと考えられている。

JR阪和線上野芝駅から徒歩約10分。

 

 

 

 

如何でしたか?

 

どうやら日本で大きい古墳ランキングのベスト3のようですね。

しかも、全て大阪府にあるというのも面白いですね。

古墳は地上から見てもよく分からないので、ヘリコプターやドローンで見たいと思いました。

かと言って、上空写真だけで見分けるのも困難ですね笑。

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!