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日本三大国際空港って何?

こんにちは!

 

 

今日は、日本三大国際空港について紹介したいと思います!

 

日本三大国際空港に選ばれたのは、

成田国際空港(千葉県成田市

関西国際空港大阪府泉南郡田尻町泉佐野市・泉南市

東京国際空港(東京都大田区

の3つです。

 

それぞれ簡単に紹介したいと思います!

 

 

成田国際空港

 

 

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成田国際空港とは、千葉県成田市三里塚を中心とする地域に建設された国際空港。

2008年の空港法で定められた拠点空港の会社管理空港で,旧第1種空港にあたる。

東京国際空港羽田空港)の発着容量が限界に達したため第2空港が必要となり,1966年新東京国際空港公団が発足して建設に着手した。

しかし建設に反対する地元農民,学生,労働者の激しい抵抗や,燃料輸送ルートにあたる市町村の反対を受けたために当初の予定が遅れ,1978年5月20日,長さ 4000mの A滑走路 1本で部分開港した。

東京国際空港の約 2.5倍,10.84㎢の広さがある。

2002年には長さ 2180mの B滑走路が暫定並行滑走路として供用を開始した。

本来は 2500mの計画で,反対運動のため短縮され,2009年に 2500m化が実現した。

3200mの横風用 C滑走路の建設計画もある。

また旅客ターミナルその他の施設についても増築や改修工事が行なわれた。

新東京国際空港公団は 2004年,成田国際空港株式会社となった。

東京都心との距離は約 66kmで,その間を高速自動車道,鉄道(京成電鉄東日本旅客鉄道)が結んでいる。

 

拠点空港とは、2008年の空港法により定められた,国際航空輸送網または国内航空輸送網の拠点となる空港。

1956年の空港整備法で定められた第1種空港,第2種空港,第3種空港の区分を廃止して新たに設けられた。

拠点空港は設置・管理主体によりさらに3つに区分され,成田国際空港関西国際空港中部国際空港の 3港は会社が設置し管理する会社管理空港。

東京国際空港大阪国際空港など 20港は国が設置し管理する国管理空港。

旭川空港秋田空港など 5港は国が設置し地方公共団体が管理する特定地方管理空港となっている。

 

 

 

 

 

 

関西国際空港

 

 

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関西国際空港とは、大阪湾南東部の泉州沖 5kmの海を埋め立てて建設された国際空港。

2008年の空港法で定められた拠点空港の会社管理空港で,旧第1種空港にあたる。

大阪国際空港が騒音問題で使用時間や発着回数に厳しい制約を受けたことから,世界初の海上空港を建設することになり,国・大阪府・民間により設立された第三セクター関西国際空港株式会社が運営主体となった。

1987年第1期建設工事が始まり,面積約 5.10㎢の沖合人工島に,3500mの滑走路を設置,1994年9月に開港した。

1999年第2期工事が着工,約 5.45㎢の用地を造成し 4000mの滑走路を整備,2007年に供用を開始した。

24時間利用が可能なためハブ空港としての役割も大きい。

人工島の地盤沈下は,1988年の埋め立て開始から 2010年までに累計 12.78mとなったが,収束傾向にある。

東京湾アクアラインと並んで 20世紀最後の大プロジェクトといわれた。

 

第三セクターとは、地域開発,都市づくりなどのため,国または地方公共団体と民間企業との共同出資によって設立された事業体。

公共的な事業に,民間の資金と能力を導入する民間活力活用の方式の1つである。

 

 

 

 

 

 

東京国際空港

 

 

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東京国際空港とは、東京都大田区の南東,六郷川河口左岸の三角州と埋立地にある国際空港。

2008年の空港法で定められた拠点空港の国管理空港で,旧第1種空港にあたる。

総面積 12.71㎢。

その所在地から羽田空港として知られている。

1931年日本最初の国営飛行場として開かれ,第2次世界大戦後アメリカ軍に接収され 1952年に返還,東京国際空港として日本の空の玄関となった。

国内線はもとより国際線も乗り入れていることから発着容量の限界を迎え,1978年国際線のほぼすべてが新東京国際空港成田国際空港)に移った。

しかし,その後も国内線の発着が増えたことにより,空港機能の増強と騒音問題解消のため,1984年沖合い展開工事を開始。

1988年7月新 A滑走路(3000m)の供用が始まり,1993年9月にはビッグバードの愛称をもつ新旅客ターミナルが完成,さらに 1997年3月新 C滑走路(3000m),2000年3月新 B滑走路(2500m)が供用を開始した。

2004年12月には第2旅客ターミナルなどが完成,乗降ゲートも増えほぼ 9割の便がターミナルビルから直接航空機に搭乗できるようになった。

その後もさらなる需要の増大に対応すべく再拡張・国際化事業が進められ,2010年10月 D滑走路(2500m)と国際線ターミナルの供用を開始した。

乗り入れ要求が多いため「混雑飛行場」と規定され,5年ごとに発着枠の再配分が行なわれている。

都心とは東京モノレール首都高速道路京浜急行羽田線で結ばれている。

 

 

 

 

 

 

如何でしたか?

 

日本を代表する国際空港が建設されるまでの経緯には、様々な理由があったのがよく分かりました。

三里塚闘争も有名ですが、今となってはどの空港もなくてはならない存在です。

この3つの空港にも、また活気が戻ってほしいという思いでいっぱいです。

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!

 

 

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