こんにちは!
今日は、日本三大七夕祭りについて紹介したいと思います!
そもそも七夕とは、五節供の1つ。陰暦7月7日の夜のこと。中国の伝説に、この夕に牽牛星が天の川を渡って織女星と会うという。
日本三大七夕祭りに選ばれたのは、
平塚市(神奈川県)
一宮市(愛知県)
の3つです。
それぞれ簡単に紹介したいと思います!
1889年、市制。
県庁所在地。
1987年に宮城町、1988年に泉市、秋保町を編入して、1989年、政令指定都市。
東北地方最大の都市で、市の中心街は市域東部のJR仙台駅を中心に開け、各種行政機関、司法機関、教育機関、民間会社の出先機関等がある。
慶長5年(1600年)伊達政宗が青葉山に青葉城を築城、城下町として発達。
国道4号線(陸羽街道(奥州街道))、45号線(仙塩街道)、48号線(作並街道)、286号線(笹谷街道)が交差し、東北自動車道、東北新幹線、JR東北本線が南北に通り、仙山線、仙石線の起点。
交通の一大中心地をなす。
仙台市東部には掘込式港湾の仙台港が完成し、工業港から流通基地に変わった。
仙台平、仙台箪笥、埋もれ木細工等の優れた伝統工芸品がある。
8月に行われる七夕祭は有名。
中央南には秋保温泉、北西部のJR仙山線、国道48号線沿いに鳴合温泉、広瀬川温泉、作並温泉がある。
船形山東南麓一帯は船形連峰県立自然公園、南西の名取川上流は二口峡谷県立自然公園に属し、一部蔵王国定公園に含まれる。
2011年、東北地方太平洋沖地震に伴う津波により沿岸部が大きな被害を受けた。
面積786.3㎢。
人口 108万2159(2015年)。
平塚市とは、神奈川県南部、相模平野の南部にある市。
相模湾に臨み、東縁を相模川(馬入川)、西部を金目川(花水川)が流れる。
1932年、市制。
1954年に旭村、1955年、大野町と神田、城島、金田、土沢の4村、岡崎村の一部、1957年、金目村をそれぞれ編入。
地名は中世この地に埋葬された皇族の塚の上面が平坦であったことに因むと言われる。
早くから開け、条里制の遺構が広く見られる。
中心市街地は南部にあり、江戸時代には東海道の宿場町として発達、須賀は漁港と相模川舟運の河港を兼ねた。
第2次世界大戦前から海軍火薬廠、航空機工場等が立地しており、戦後は相模川沿いに工業団地も造成されて、自動車、タイヤ、機械、電気機器、化学等の工業が発達し、湘南工業地域の要地となっている。
商業都市としての性格も強く、相模平野に広く商圏を持つ。
北部は農村地域で、沖積地には水田が開け、特産の薩摩芋に加え、近年では施設野菜、花卉の栽培も行われる。
七夕祭は大規模で県内外から見物客が訪れる。
史跡五領ヶ台貝塚がある。
横浜、東京方面への通勤者を中心に人口が急増している。
JR東海道本線が通り、国道1号線、129号線、134号線、小田原厚木道路(国道 271号線)のインターチェンジがある。
面積 67.82㎢(境界未定)。
人口 25万8227(2015年)。
1921年、市制。
1940年、葉栗村、西成村の2村、1955年、浅井町、奥町、萩原町、大和町の4町、丹陽村、北方村、千秋村の3村、今伊勢町の一部をそれぞれ編入。
市名は尾張国の一ノ宮真清田神社があったことに由来。
江戸時代には岐阜街道の宿駅となり、綿織物の定期市で賑わった。
起は美濃街道の宿場町。
明治末期に毛織物業に転換。
1889年、東海道本線の開通に伴い一躍機業の中心となった。
現在でも毛織物工業が主体であるが、この他、綿、化繊織物の生産、縫製団地での既製服製造も行われている。
農村部は木曾川中流の自然堤防地帯にあり、尾張園芸地帯の一部をなす。
浮野には大規模な集団養鶏場もある。
市内には、多くの文化財を有する古刹妙興寺、国指定史跡の富田一里塚、名勝・天然記念物の木曾川堤の桜がある。
JR東海道本線、名古屋鉄道名古屋本線、尾西線が市の中心部で交差。
名神高速道路、東海北陸自動車道のインターチェンジがある他、国道 22号線、155号線が通る。
面積 113.82㎢。
人口 38万868(2015年)。
如何でしたか?
私は、平塚しか行ったことがないのですが、とても多くの人が訪れている印象を受けました。
今年の七夕も、このような祭りが開催される状況だったらいいですね。
最後までお読み頂き有難う御座いました!