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日本三大寺って何?

 

 

 

こんにちは!

 

 

今日は日本三大寺について紹介したいと思います!

 

数ある寺の中で、日本三大寺に選ばれたのは、

大安寺

元興寺(がんごうじ)

川原寺

の3つです。

 

それぞれ簡単に紹介したいと思います!

 

 

大安寺

 

 

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大安寺とは、奈良市大安寺町にある寺。

南都七大寺の1つ。

平城遷都に際し、大官大寺を飛鳥から移して大安寺と称したもので、造営には道慈が唐の新様式を取り入れたと伝えられる。

南大門外に東西両塔を配した大伽藍であったが、中世以後衰え、古い建物は全く残っていない。

第2次世界大戦後、発掘調査が行われ、当初の伽藍配置が確かめられた。

また、同寺に遺存する『聖観音』等9体の木像群は、彫刻史上大安寺派とも呼ばれる。

 

 

 

 

 

元興寺

 

 

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元興寺とは、奈良市芝新屋町所在の寺。

日本最古の寺飛鳥寺を養老2年(718年)、平城京に移転したもの。

南都七大寺の1つであったが中世に衰えた。

平安時代初期の『薬師如来立像』を安置する。

なお当初の僧房を鎌倉時代に改造して本堂、禅室(ともに国宝建造物)とした極楽坊は、現在、元興寺から独立した寺として同市中院町にある。

 

 

 

 

 

川原寺

 

 

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川原寺とは、奈良県明日香村川原にあった寺。

厳密な建立年次には説が多いが、7世紀後半の創建と見られ、天智天皇が母の斉明天皇の冥福を祈り飛鳥川原宮跡であったこの地に建立したという説がある。

また『日本書紀』には天武2年(673年)、ここで一切経の書写が行われたことが記録されている。

四大寺の1つとして重要な位置を占めていたが、奈良時代以降衰退した。

以後数次の火災、復興を経ており、遺構として瑪瑙の礎石が残る。

1957、1958年に発掘調査が行われた結果、中金堂の南側に塔(東)と金堂(西)を配置し、それらを中門から東西に延び中金堂で閉じる回廊が囲み、中金堂の背後に講堂とコの字形の僧坊を置く、川原寺式とも言うべき独特な伽藍配置であったことが分かった。

あわせて古瓦をはじめ,塼、古銭、金銅製品、土師器、須恵器等が発見された。

川原寺跡として国の史跡に指定されている。

現在は中金堂跡に真言宗の寺、弘福寺がある。

 

 

 

 

 

如何でしたか?

 

日本には有名な寺が沢山ありますが、日本三大寺は、意外と知られてない寺ですね。

しかも、全て奈良県に所在する寺ですね。

私は、元興寺に行ったことがあるのですが、思ったほど人がいない印象でした。

神社仏閣に興味がある人は、京都だけではなく、是非奈良も行ってみるといいかもしれないです!

 

 

最後までお読み頂き有難う御座いました!